「頑張らなければいけない」空気に人が組織で取り囲まれる怖さ

例の自殺した女性社員を巡るワタミの件で印象に残るコラムでしたので以下ご紹介します。
優秀な経営者の元、決してブラックとはいえないワタミでどうしてこういう事件が起ったのか?
私も過酷労働を強いていたとか社内ルールが厳格だったとかそういう単純な問題ではないような気がしていました。
誰でも「社内の空気」に押されている感覚を覚える体験をした人は多いのではないでしょうか?
仕事のレベルを精神を病むまで引き上げることは果たして社会的コンプライアンスに意義のあることなのでしょうか?

■ワタミ、素晴らしい会社だと思うが…ー出来すぎるトップの功罪
もう旧聞に属する話かもしれないが、ワタミグループで、長時間勤務を繰り返した26歳
の女性社員が08年に自殺した問題で、今年2月に過労による労災認定が下りた。とても
気の毒な話で、亡くなった女性に心から哀悼の気持ちを表明したい。
ワタミの創業者で現会長の渡辺美樹氏の以下のツイッターが事件に波紋を広げた。
労災認定の件、大変残念です。四年前のこと 昨日のことのように覚えています。彼女の
精神的、肉体的負担を仲間皆で減らそうとしていました。労務管理できていなかったとの
認識は、ありません。ただ、彼女の死に対しては、限りなく残念に思っています。会社の
存在目的の第一は、社員の幸せだからです。
「社員の幸せ」「労務管理できていなかったとの認識はない」という表現に戸惑った。
この事件の細かな事実関係を私は報道以上に知らない。渡辺氏は誠実な方なのだろうが、
このツイートは残念だった。
ただし、こうした悲劇が渡辺氏の周囲に起こりやすい状況であったとは、推測できる。
私は渡辺氏には2度、記者として取材で面会したにすぎない。表面的な分析かもしれない
が、その感想を述べてみよう。とにかく「すごい人」だった。
私はオカルトを信じない人間だが、彼からは明るい「オーラ」、エネルギーを感じた。
本当の心は見透かせないが、知る限り善意にあふれたよい方だった。言葉と行動が遊離
していない。この外食不況化で、損益を均衡させることは素晴らしい経営手腕だ。
しかも取材した記者に、サイン入りのお礼の手紙を送ってきた。もちろん、皆にそうして
いるのだろうが、気配りにも驚いた。経済界で、彼を悪く言う人はいない。
別件で渡辺氏だけではなく、ワタミも取材したが、立派な会社だった。社是は渡辺氏の
考えた「地球上で一番ありがとうを集める会社になろう」というものだ。働く人は礼儀
正しく、自分の仕事を誇らしげに話していた。
■働くことに追い込む上司と組織「私と同じように頑張れ」
しかし、渡辺氏について、いろいろ考えさせられる出来事があった。彼の創業から最近
まで幹部にいた方と、中堅幹部でワタミを退職した方と取材で話したことがある。以下、
内容を少しぼかす。
2人とも渡辺氏のことは決して悪口は言わず、尊敬の念を示していた。しかし社内のこと
には言葉が少なかった。2人とも会社を去った。幹部は過労のようだが、病気になって
退職していた。
渡辺氏は気配りが細かく、仕事の詳細な報告を求める。苦労する社員に渡辺氏は、正論で
諭し、そして励ますそうだ。「頑張れ、君ならできる。俺だってやり遂げたんだ」と。
これはきつい言葉だ。
渡辺氏のような、仕事のできる「完璧人間」には、誰もがなれないだろう。辞職の理由を
この2人の退職者は口を濁していたが、おそらく完璧人間と一緒にいて疲弊したのだろう
。しかも、相手が「正しい」ので、それを他人に言うと、弁解じみて聞こえるから黙って
しまったのだと思う。おそらく完璧な渡辺氏はこうした普通の人の苦しみを、理解できない
のではないか。
■同調圧力が組織に加わる-状況に人間が支配されないために
冒頭の例の女性が過労自殺するほど思い詰めた状況は部外者にとって、不思議に思える
現象だろう。池田信夫氏が、「モラルハザードと勤勉革命」という興味深いエッセイで、
日本企業が「低賃金、長期労働なのに現場の労働のモラルハザードが起きていない」と
いう不思議な状況を分析し、その理由を日本の社会構造や歴史にもとめている。これは
日本社会で特に観察される組織の特徴のようだ。
もちろんその考えは一面で正しいだろう。しかしそれだけではないと思う。私は16年間
記者をやり、「長期労働」「低賃金」なのに努力を重ねてしまった。特に木村氏と共に
働いた3年半は、さまざまな経験と自らの実力が伸びたことや良い記事を書けたという
記者の仕事の喜びを感じた。これは木村氏のおかげだ。同時に大変な疲労をした。そして
さまざまな企業や組織、そこに属する人々の「出世」と「没落」を外から見てきた経験がある。
成果を出している組織には一体感、そして勢いがある。それが成長とか、大もうけ、成功
などの成果によって生まれる場合がある。しかし、それは個人でも、組織でも消えやすい
ものだ。賢い組織の創立者は勢いをコントロールしようと、理念を重視して組織の中に
埋め込んでいく。それが、渡辺、木村氏のようにトップの個性が濃厚に反映された形で
出る場合がある。
ワタミは、渡辺氏のビデオメッセージを頻繁に各職場に送り、理念研修を年何回か行い、
理念を植え付けるミーティング、研修文章の配布を繰り返すという。私の上司だった木村
剛氏は、いつも熱く、日本経済や金融の未来について語っていた。そうした中で高揚した
感覚に働く人は、包まれるのかもしれない。現に私はそうだった。
しかし、それは長続きしない。働く人は疲弊してくる。同調することそのものが苦痛に
なってしまうこともある。人間的な迫力に満ちた上司に迫られた場合にはなおさらだ。
私は文献でしか知らないが、歴史上何度も現れる「警察国家」は、社会全体がこうした
状況になってしまうのだろう。
ワタミの例で示した女性社員は「しなければならない」という命題に満ちた組織、そして
その状況に取り囲まれた時に、逃げられなくなってしまったのではないか。私やワタミの
社員がそう感じたように。「人間が状況を支配できるのは一瞬のみ。残りは状況に人間が
支配される」(ニコロ・マキャベリ、フィレンツェ・ルネサンス期の政治思想家)。私たち
は集合意志に取り込まれてしまう。
一つ心配なことがある。最近の20代、しかも最良と思える人々と会うと「しなければ
ならない」という言葉を頻繁に聞くようになったのだ。「人生は意義がなければならない
」「良い仕事に就かなければならない」。「大企業に就職しなければならない」というの
も就活の人に多いそうだ。日本社会に余裕がなくなっているのだろう。将来の不安に満ち
る今、「何かに帰属した方がいい」という功利的な意識が強まり、それが同調圧力と合わ
さって、社会をさらに重苦しくさせているのだ。
理想を掲げ、人々が熱心に働く組織や会社、それを社員に訴える経営者がいてもいいと
思う。しかし、それに同調しない人々がいてもいい、余裕のある社会、会社はできない
だろうか。そして、もし苦しんでいる方がいれば言いたい。
「あなたは十分頑張っている。手を抜いていいのではないか」と。
経済ジャーナリスト 石井孝明 ishii.takaaki1@gmail.com
-以上。省略部分はソース参照-

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